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ブログを批判されるのが嫌でブログやめる人がいるらしい。ブログ管理人同士の馴れ合いが嫌いな人もいるらしい。
直接それらが言及されてるブログを見たわけではないので、これから書くことはその人達への意見ではなく、あくまで私個人のそういうことに対する考えだと思ってください。各個人に特別な事情があるのかもしれないけどその辺は考慮してないです。
まずブログで文句言われるのが嫌な人だが、そういう人っていうのはいったい何のためにブログをやってるんだろうか。自分の考えを初めから公開しないという選択肢もあったはずなんだけど。
もちろん、議論の種にもならないような中傷だけだったらたしかにつまらない。
でもそんなのは無視すればいいだけだし、何も中傷だけしかされないってことはないだろう。中にはちゃんと意見を持って批判してくれる人もいるはずだ。肯定意見より否定意見の方が話が発展する可能性は高いと思うし、発展する可能性が高いってことはその議論が小さな自分のブログだけに止まらず広がっていく可能性も秘めている。
まあ中には初めから馴れ合いが目的でブログを始める人もいるかもしれないし、そういう人にとっては批判意見はたしかにイヤかもしれない。
でも、初めからその用途で使うのであれば自分の意見を何の考えもなしに曝け出すことなんてするべきじゃない。馴れ合いを求めるということは実世界での付き合いと近くなるということだし、それなりの振る舞いが求められることはある意味当然とも思える。
自分の意見を曝け出しながら馴れ合いだけ求めるというのは贅沢な話だ。たとえ、その状態がなんとか保てたとしても果たしてそれは本当にいい関係なのだろうか。
むしろ本音を曝け出しあってお互いの意見を理解することで得られる付き合いというものの方が価値があるんじゃないだろうか。
そういう意味でネットの世界というのはお互いの考えというものがその体より先に出会うことが出来る稀有な場所であり、実世界よりそういう付き合い方がしやすい場所であると思う。これを利用しないというのはだいぶ損をしてる気がする。
よく「自分を怒ってくれる人を大切にしろ」というがこれはネットの世界でもあてはまることだろう。
次に管理人の馴れ合いを嫌がる人についてだが、これも批判を嫌がるのと同じくらいわがままな話だ。批判を認めるのと同じように馴れ合いも認めるべきじゃないのか。
ここで勘違いしないで欲しいのはすべてが馴れ合いで成り立っているのがいいと言ってるわけじゃない。馴れ合いが混入していてもいいじゃないかと言いたいだけだ。
個人的には言いたいことが言えなくなってしまうような馴れ合いはしたくないと思っている。したくないと思ってるだけで他の人がどんな付き合いしようが私は別にかまわない。
制限は物事をつまらなくしてしまう。これらの話に共通して言えることはある程度の許容の精神を持てるかという点だ。前者は批判が許容できない。後者は馴れ合いが許容できない。もちろん全てを許容して犯罪でも何でも許せというわけではないのだが、もっと高い視点でネットの世界を見て、広い許容性を持っていたほうがきっとこの広大な世界を楽しむことができるんじゃないのだろうか。
いろいろと言葉が足りない気がしますが、長文お付き合いありがとうごいました。
私の考えが絶対正しいということはもちろんありえません。なので、中傷は議論が進展しないので欲しくないですが、批判・補足していただけるとありがたいです。同意していただけるというのはやはりうれしいですけどねw
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ブログを書こうと思ったきっかけってなんですか?
直接それらが言及されてるブログを見たわけではないので、これから書くことはその人達への意見ではなく、あくまで私個人のそういうことに対する考えだと思ってください。各個人に特別な事情があるのかもしれないけどその辺は考慮してないです。
まずブログで文句言われるのが嫌な人だが、そういう人っていうのはいったい何のためにブログをやってるんだろうか。自分の考えを初めから公開しないという選択肢もあったはずなんだけど。
もちろん、議論の種にもならないような中傷だけだったらたしかにつまらない。
でもそんなのは無視すればいいだけだし、何も中傷だけしかされないってことはないだろう。中にはちゃんと意見を持って批判してくれる人もいるはずだ。肯定意見より否定意見の方が話が発展する可能性は高いと思うし、発展する可能性が高いってことはその議論が小さな自分のブログだけに止まらず広がっていく可能性も秘めている。
まあ中には初めから馴れ合いが目的でブログを始める人もいるかもしれないし、そういう人にとっては批判意見はたしかにイヤかもしれない。
でも、初めからその用途で使うのであれば自分の意見を何の考えもなしに曝け出すことなんてするべきじゃない。馴れ合いを求めるということは実世界での付き合いと近くなるということだし、それなりの振る舞いが求められることはある意味当然とも思える。
自分の意見を曝け出しながら馴れ合いだけ求めるというのは贅沢な話だ。たとえ、その状態がなんとか保てたとしても果たしてそれは本当にいい関係なのだろうか。
むしろ本音を曝け出しあってお互いの意見を理解することで得られる付き合いというものの方が価値があるんじゃないだろうか。
そういう意味でネットの世界というのはお互いの考えというものがその体より先に出会うことが出来る稀有な場所であり、実世界よりそういう付き合い方がしやすい場所であると思う。これを利用しないというのはだいぶ損をしてる気がする。
よく「自分を怒ってくれる人を大切にしろ」というがこれはネットの世界でもあてはまることだろう。
次に管理人の馴れ合いを嫌がる人についてだが、これも批判を嫌がるのと同じくらいわがままな話だ。批判を認めるのと同じように馴れ合いも認めるべきじゃないのか。
ここで勘違いしないで欲しいのはすべてが馴れ合いで成り立っているのがいいと言ってるわけじゃない。馴れ合いが混入していてもいいじゃないかと言いたいだけだ。
個人的には言いたいことが言えなくなってしまうような馴れ合いはしたくないと思っている。したくないと思ってるだけで他の人がどんな付き合いしようが私は別にかまわない。
制限は物事をつまらなくしてしまう。これらの話に共通して言えることはある程度の許容の精神を持てるかという点だ。前者は批判が許容できない。後者は馴れ合いが許容できない。もちろん全てを許容して犯罪でも何でも許せというわけではないのだが、もっと高い視点でネットの世界を見て、広い許容性を持っていたほうがきっとこの広大な世界を楽しむことができるんじゃないのだろうか。
いろいろと言葉が足りない気がしますが、長文お付き合いありがとうごいました。
私の考えが絶対正しいということはもちろんありえません。なので、中傷は議論が進展しないので欲しくないですが、批判・補足していただけるとありがたいです。同意していただけるというのはやはりうれしいですけどねw
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